金沢地方裁判所 昭和25年(行モ)1号 決定
一、申請の趣旨
申請人は「被申請人石川県議会が昭和二十五年三月三十一日開会した臨時県議会においてなした申請人の石川県議会議長辞職の件を許可する旨の議決は本案行政処分取消請求訴訟の判決確定に至るまでその効力の発生を停止する」との裁判を申請した。
申請人 山本利行
被申請人 石川県議会
二、主 文
本件申請はこれを却下する。
申請の費用は申請人の負担とする。
三、理 由
まず法律上の論点について判断をする。
被申請人は県議会の議決中執行機関に関係するものについては地方自治法第百七十六条に処理及び救済の規定あり行政事件訴訟特例法によるべきでないと同様に議会内部の事項に関し議会以外の第三者に関係のないものは同法第百一条による議会の招集を求め再議に付す機会があるから議会内部の構成会議規則の設定等の事項は行政事件訴訟特例法によるべきでないと主張するけれども地方自治法第百七十六条は議決の客観的の当否適法不適法にかかわらず知事は好ましからずとの主観的判断によつて再議に付し得る自治体の長として特別の権限と議決または選挙が客観的に不適法な場合の訴の提起を認めた規定にとどまり、議決により直接の利害関係を有する者が訴の利益ある場合においても行政事件訴訟特例法による救済を一切禁止する趣旨に解すべきではない。議会内部の構成に関する議決といえどもこれにより直接の利害関係を持つ者が議決の客観的違法を理由として行政事件訴訟特例法により救済を求めるのを地方自治法に他の救済の方法があるとの理由で禁止する為に援用するのは失当である。また被申請代理人は本件の様な趣旨の裁判を民事訴訟法に基く仮処分として申請するのは失当であると主張するのであるが該主張は正しいのであつて右は行政事件訴訟特例法第十条末項の規定により明白であつてかゝる申請は却下せらるべきである、けだし同法にいわゆる処分とは広義における国の統治権の作用中立法及び司法の作用に属しないものを総べて行政作用と解し行政作用に基く公の処分を行政処分と称しこれを行う官公署を行政庁と称しているのであつて議会が行政的処分を行う場合はすなわち議会は同法にいう行政庁でありその処分は同法にいう行政処分であるからである。しかし本件は別に県議会の議決の取消を求むる本案訴訟(当庁昭和二十五年行第二号)を提起せられると共に冐頭掲記の裁判を求めているものであつて申立書には「仮処分」なる文詞を用いては居るが右は行政事件訴訟特例法による裁判の呼称としてもしばしば用いられることあり弁論の全趣旨を客観的に判断すれば同法第十条の裁判を求めていること明らかであつて同条の行政処分の執行停止とあるは行政処分の効力を將来に向つての停止と解すべきものである。けだし行政処分が事実上の状態の変更を目的とする場合は格別公法又は私法上の権利又は権限の発生変更を目的として為される場合は原則として該処分により直ちに其の直接の目的とする権利関係の変動は実現せられ爾後は只実現ぜられた法律状態を支配する法規に基く別個の処分があるのみで厳格な意味に於て当初の処分の執行は存在しないから前示法条の執行停止とあるのは処分の効力を將来に向い停止するとの意味に解しなければ同条の目的とする保護に十分でない。申請人が申立書に用いた処分の効力停止との文詞によつて直ちに民事訴訟法に基く仮処分の申請と解すべきものではない。よつて実質争点に関する法律上の問題を審究する。
案ずるに県議会議長の辞職手続に関し石川県の議会に特別の規則の制定ある点に関しては双方当事者に其の主張もなく又本件双方の証拠に徴してもこれを認めることは出来ないのであるからもつぱら地方自治法に基かねばならない、同法第百八条によれば県議会の議長の辞職が有効に実現する為には議長自身の辞職の決意あることを要することは明白であるが該決意を表示すべき方式に関しては法律は何等明定してない。従つて厳格な意味における代理すなわち意思決定も其の表示も総べてを他人に一任する如き代理は議長の辞職の場合にはこれを許さないことは明白であるが意思決定を本人自らが為す限り其の表示行為と伝達とを他人に依頼することは同法に違反するところではなく自己の決定した意思表示を書面によると口頭によると、又自ら直接議会に出席して表示すると、他人をして伝達せしめると、其の方法は一切議長の自由な選択に一任せられたものと解すべきである。これを特定の一個又は数個の方法に限定すべき法律上の明文の根拠はない。かように解釈することは議長という自治体の最も重要な地位にあるものの進退をきわめて粗略に見る法律の形式的解釈論との考えをもちやすいのであるが右は議会の辞職に対する許否の権限を忘れた議論といわねばならない。前示法条は議長の辞職の実現のためには議会の許可あることを不可欠の要件として居るが議会がこの点に付審査すべき範囲及び許否を決する基準に付いても何等限定的規定を設けず議会の自由なる裁量に一任している。議会においては個々の具体的事情に照応してあるいは特別に厳格な方式の書面を要求し、あるいは議長自身が出席して直接辞意を表示することを要求し、あるいは辞職の理由についても具体的釈明を要求するような各種の意見が多数をしめることもあるべくかかる場合議長は結局議会の満足する方式の意思表示をしなければその許可を得て辞職が実現することはないのである。すなわち地方自治法は辞職の表示方式について各種の場合を区別しない一律の限定的規定を設けず一応は議長の自由な選択に一任すると共にこれが議会の粗精各具体的事情に応ずる審査の関門を通過して始めて辞職の実現せられることを期待したものと解すべきである。犯罪者を取り扱う法律あるいは無智な未成年者を取り扱う法律と趣を異にし地方自治法を解釈するに当つて明文に反しない限り無用に煩雑な形式を要求せず関与者の自主的裁量を尊重するように解釈しその運用の結果多数の経験と判例がるい積して妥当な公法上の慣習法が成立するように解釈しなければならない。特に議会の内部的機構に関する法規については議会の自律性を尊重して解釈しなければならない。
しかうして本件において議会の処分が違法なりと仮定した場合における申請人に生ずる損害とこれが救済の必要性に対し他面右処分が適法なる場合において県民の意思を代表すべき有権的機関である議会の議決の効力を停止したときの公共の福祉に及ぼす影響の重大性とをかれこれ対比考量して行政事件訴訟特例法第十条第二項の裁判を発すべきか否かを決する上には申請人が理由として主張する処分の違法性の存否に関して審究せざるを得ないのであるが前段の設示の結論として本件においては議長に辞職の決意ありたるや否や該決意は議長の選択した表示伝達の方法により議会に到達したるや否や、右方法は議会の審査を通過したるや否やを判断すべきであるが右表示方法が適当なりや否やは判断すべき事項ではない。何故ならば右事項を判断することは結局議会の専権に属する自由裁量の当否を判断することに帰着し行政事件を取り扱う司法裁判所の権限を超えることになるからである。本件の実質的な争点の一つを法律的に摘出すればこの限界如何にあるのである。よつて本件具体的事実関係を証拠により審究し申請の当否を案ずるに成立に争のない乙第一号証と申請人本人山本利行の供述によれば昭和二十五年三月二十四日当時の県議会議長であつた山本利行は其の自由なる意思に基き「辞職届と題し私儀今般県議会議長の職を一身上の都合により辞職致し度く御取り計らいを御委任致します」と記載した書面を作成して民主党石川県支部長である井村徳二に交付したこと明白であつて右によれば山本利行は議長の職を辞することを決意した上書面により井村徳二に該決意を告知すると共に議会に対し其の表示と伝達方委任したものと認むるのほかなく申請人本人は右書面は他に見せずかつ行使もしないとの口約があつた旨を供述し一種の仮装的偽作文書なりとの主張をするけれどもかような仮装文書を作成する事情に関しては単に民主党員の士気を鼓舞するためと思うと供述するのみで瞹昧にして右文書作成の動機必要性を認め難く却つて被申請人西田与作本人の供述証人井村徳二同吉野耕三の各証言を綜合すれば民主党石川県支部においては同党員の結束を強固にする為申請人山本利行の議長職及び其の他同党議員の議会役員の職を総べて辞職し新役員を選定しようとの議あり右役員其の他同党所属議員は昭和二十五年三月中旬より下旬にかけしばしば会合協議していたこと特に同月二十三日夜より翌二十四日の朝にかけ金沢市内鍔甚ホテルにおいてあるいは協議あるいは同党支部長と個々の話合の結果出席役員の全部が辞職届を作成した際申請人も前示乙第一号の書面を作成したものであること、その後同月二十九日まで常に総辞職を前提としてその辞職の時期と後任役員の選定が協議せられておつたことが推知せられるので会合の各期日において井村徳二その他の出席者何某が「某日には行使しない」とか「某日までには行使しないが良し」とか発言ありたるや又其の「某日に」は述べず単に「行使しない」旨の発言であつたがそれらの発言は如何なる前行の発言を契機として述べられたるやの微細な事実の如きは多数者の会合において自由な討議の行わるる際各出席者の記憶は精確でなくこれを基礎として確定するに由なくむしろ各出席者の記憶が無意識的に自己の希望に伴うように変容せられまたは忘却せられるのが人の記憶心理上当然である。ただ前示各証拠を綜合すれば各会合はつねに前記辞職届は総べて仮装的の行使しない書面とするような雰囲気でなかつたこと井村徳二は申請人山本利行のみに対し特別に他と区別し辞職届を行使しない旨要約するような事情には無かつたこと、従つて井村徳二の発言の内容が「某日には行使しない」であつたか単に「行使しない」と発言したかそのいずれにせよ全体の会議の雰囲気に照し辞職届を仮装的文書と誤解し得る如きものでなかつたことを推認することができる。これに反する申請人本人の供述は措信し難く申請人の他の証拠(甲第一ないし十号証)及び証人重山徳好の証言(右証言は会合の内容に直接関係しない)によつて右認定を左右し難い。しこうして成立に争のない甲第一号証と証人井村徳二及び西田与作の各証言によれば前叙乙第一号証は三月三十一日井村徳二により県議会副議長西田与作に交付せられ同副議長は同日の臨時県議会において「議長山本利行君より一身上の都合により議長の職を辞任致度旨の申出があり」たる旨発言して議題とし会議において何等発問なく許可する旨議決せられたことを認め得るから申請人山本利行の辞職の決意は受任者井村徳二から乙第一号証を交付せられて議長の職を行う副議長に表示せられ同人は第一号表に使用せられる文詞を援用し精確に出席議員に告知せられて議題となり議会は決意の表示伝達の方法に付特別の要求を為す必要を認めずそのまま認容した上許可する旨の議決をしたことを認めることができる。
しからば本件議長辞任許可の議決には申請人主張のような違法を推認することができずむしろ適法有効な議決なることを窮知できるからすでに前段において説示した「公共の福祉におよぼす影響」とかれこれ考量するとき行政事件訴訟特例法第十条第二項に定めている「償うことのできない損害をさけるため緊急の必要」ありとはいいがたい。よつて本件申請を却下し同法第一条、民事訴訟法第八十九条により申請費用を申請人の負担すべきものと定め主文の通り決定した次第である。
(裁判官 北野孝一 米光哲 裁判官 向井哲次郎は出張に付署名捺印ができない 裁判長裁判官 北野孝一)